2025/08/23

音楽の「新しさ」「古さ」に意味を感じない理由


俺は自分が生まれるより前の音楽がかなり好きである。一方、「古臭い音楽」というだけで聴く対象から外すという人もいるだろう。自分は音楽の「古い」「新しい」ということにはほぼ意味を感じておらず、そんなことで聴く機会をわざわざ減らすことは損であるとすら思う。


そもそも発表年が古いからなんだというのか。印刷物や本のように旧仮名づかいが読めないとか理解できないとかではないはずである。頭ごなしに「古いものに価値がない」とか「新しいから価値がある」と決めつけるのは付加価値のようなもので、本質的な部分の評価とは関係がないだろう。


そして、古いからといって現在それらを完全互換できず、超越もしていないと思う。例えばリトル・リチャードのような歌唱をピアノを弾きながらできる人がどれだけいるのか。ほぼいないだろう。またGSの頃のエレキギターの音を完全再現できるかというと、それも多分難しい。つまり完全互換はできないということである。むしろ肉声や楽器を使用しないデジタル音楽のほうが技術的な超越はされやすいはずである。


音楽は陸上競技のタイムのように過去を完全に超越するというものではない。ゲームのように最新機種で完全互換できるというものでもない。であるならば、いつの時代のものでも基本的に「別物」であるだけだ。あとは自分の好みの問題である。音楽は自分にとっては出会った時が最新であり、そこから飽きていく・忘れていくという意味で「古く」なることはあるだろうが、その時代を知らないのにいきなり「古い」ということに意味はない。たくさんの音楽をまずは聴いてみて好みかどうか判断できるほうが、より自分に合ったものにたどり着きやすくなる。


ちなみにどうもこの古臭さへの抵抗傾向は海外のほうが強いのではという感じはする。文化的に移り変わりが早い日本では、レトロなものに後天的に付加価値がつきやすいのもある。アメリカでロカビリーとかロックンロールみたいなものを真面目に若い世代が評価する流れが少しでもあるのか……俺はまったく聞いたことがない。20代でロカビリー歌ってる人をアマチュアでもいいから何人か教えてくれってGPTくんにも聞いてみたけど、あまり良いお返事はなかった。


今回は音楽の話なので最近始めた「ド素人音楽雑談ラジオ」の初回を貼っておこう。

0 件のコメント:

コメントを投稿