個人だろうが大手だろうがどのような発信者(メディア)であれ、必ず偏りがあるし、必ず間違えるし、必ず限界がある。
だから我々はそれらに総合的に目を通すなり通さないなりして自分なりのバランスを持つしかないのである。
自分で思考せずひとつだけを100%鵜呑みしていればいいメディアは絶対に存在しない。「偏りのないメディア」はそもそも何が偏りなのか見る人によって違うから無理である。あなたの気分にぴったり沿ったことしか言わないメディアはないし、あったとしても間違っている。そして、無限に正確な情報・深い情報を求めたところで発信者が生きていかなければいけない以上は限界がある(そのために犠牲があってはならない)。
また、「新しいもの」はまだわからないだけである。無名かつ経歴が浅くてミスが目立たないのを「正しさ」であると思うことこそ完全に間違いである。数十年生きて何も間違わない人などいないのと同じだし、発信力が大きくないならミスしてもいいというのもまた偏りである。
そもそも情報の受け手にとって「発信力の差」など関係なく、自分で自分の考えを構成するのが情報を受け取る目的であり、特定メディア批判そのものが目的になっているのならすでに履き違えが起きている。
こうしたこと(現実)を無視して「特定メディア叩き」「オールドメディアは批判」みたいなことを言っても、ただ無理難題を押し付けて勝った気でいるだけの愚かな人になってしまうので気をつけよう!!
こうした考えに陥るのは「自分で思考したくない(思考コストを下げたい)」「気分のいい情報だけ知りたい/応援したい」「(本気でも娯楽でも)批判していい気分になりたい」という欲求から来ると思われる。自らの内部でそれらと向き合うことを拒む限り、変わることはない。それもまたその人の「限界」なのだ。向き合って気がおかしくなるくらいなら、向き合わないほうが良いのかもしれない。ただ周囲には「そこが限界の人」と認識はされてしまうだろう。あなたもまたメディアと同じく「見られている」のだ。





