現状、生成AIに人真似をさせた成果物は、コストは低いのだろうがクオリティも低い。
だから俺は今はそういう使い方については特に興味はないし、その分作品が安くなるとかよほどのメリットがない限りは商品として手も出さない(自由度としても自分で生成したほうがマシだし)。
ただ、今後どうなるかは俺にもわからない。
そのクオリティとコストが平均ラインになるかもしれないのだ。
そして大衆の鑑賞眼も衰退していくと思う。
イラストを見ても何がおかしいかなんて多くの人にはわかりはしない。
どうせそんなに長い時間鑑賞するわけでもないのだ。
5秒間程度の鑑賞で終わるものが低コスト化・低クオリティ化するのは、そもそも正しい。
演技やナレーションなんかも、どんな喋りが「良い」かもはや言語化できない鑑賞者のほうが多いだろう。
そしてAIにやらせるのが普通になったら、人間の喋りのほうが不自然と思われてしまう可能性もある
(日常そのままの喋りではないのは人間がやったってそうなんだから)。
これはそもそも表現側の一部も演技批評を嫌っているから、ということとも連動している。
批評というのは、結局のところ鑑賞眼の言語化である。
ちなみにニコニコ動画の頃も、生声実況ではなく合成音声実況のほうが鑑賞する気になるという人はたくさんいた。
それは変に感情が入ったりボソボソしていたり音量差があったりするよりは聞きやすいというのもあっただろう。
あるいは見る前から一定の想像がつくというメリットもある。
日本語の演技ってのは、媒体によって客が予めテンションを想定してしまう習慣がある。
テレビアニメにはアニメなりのテンションの演技があり、テレビドラマにも、洋画吹き替えにも、それぞれ独特の演技テンションの要求がある。
ああいう合成音声実況もその一例ではないかと思っている。
○○の舌になっている、みたいなことよね。○○の耳になってるわけだ、頂く前から。
まあ何にせよ、クオリティを下げる結果になるAIの使い方は俺はあんまり興味がない。
おかしな人体、おかしな背景、そういうのは商業作品では勘弁してくれ。
あまりにコスト削りすぎで、AIでも突き詰めたらもうちょっとマシに作れるだろ。
まあ、せめてオリジナリティくらいは高くなってほしいものだね。
いつでもクオリティが低いのは罪重くんの麻雀です。てへ。
【雀皇麻雀 第20回】喉休め・東風戦通算250戦を迎える/御前2~【Vtuber 罪重零雅】

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